セガワブログ

小説家、瀬川深のブログ。

 昨夏から書いておりました長編小説を書き上げました。
 ヤッホウ肩の荷が下りたぜこれでほっと一息……、とはいかないのが小説の悲しいところで、ゴリゴリと推敲を重ねております。
 お披露目の準備が整いましたら、また告知致しますね。


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 先日、シカラムータの新作アルバム『裸の星』がリリースされました!
 ご承知の通り、セガワが大好きなミュージシャンの皆さんです。「チューバはうたう mit Tuba」が刊行された折り、一方的に作品を献呈するという暴挙に出たのですが、幸いにもその後度々応援させて頂いております。
 音楽の内容を、ましてやシカラムータのような超個性派の音楽を言葉で説明することぐらい野暮なこともないとは思うのですが、これまでに増して濃い密度の演奏が詰まっていますよ。なんといっても感じ取れるのは、音が変容していく面白さですね。親しみやすい、鼻歌のように歌えるフレーズが生き物のようにモリモリ膨れあがっていく迫力と躍動感。しかもそれを強烈なビートが貫き、変拍子取り混ぜての複雑なリズムと混ぜ合わせて叩きだしてくるのですから。こういう面白い、しかも類例のない音楽というのは、本当に素晴らしいですよ。
 ちなみに、細かいことはここでは書けないのですが、シカラムータの音楽は3歳児(セガワの姪)から還暦越えのおっちゃん(セガワの父)までを踊らせる音楽だということが実証されました。この目で見たので、まちがいありません。

 
 そしてセガワも、本作にはほんのちょっぴりご縁がありまして。一つは、CDのライナーノートに寄稿させて頂いております。なんというか、もう、本当にありがとうございます。
 それからもう一つ、一曲目に収録された「火の中の火」は、恥ずかしながらセガワがお名前を提供させて頂きました。「チューバはうたう」作中、Muzicanti Auriiが演奏する曲名です。もちろんこれを音楽化したのではなく、大熊さんの発案で、出来上がった曲にお名前を差し上げたのですが。
 楽器にまるで縁のないセガワが、せめて脳内ででっち上げた「この世にあったらイイナの飛び切りかっこいい曲」は、いつのまにか実体を与えられて、本当にこの世に生まれ出たようです。なんとも不思議な、そしてとてもうれしいことです。

  素晴らしいことだ、「かっこいい音楽」はいつしか実体を与えられ、「ものすごくかっこいい音楽」に進化してシカラムータから弾き出されている。空想が文字になり、文字は音楽になって、世界へと広がってゆく。空想しか能のない物書きにとって、これ以上の幸運ってあるだろうか?
 そしてこの音楽が、またどこかの物書きの空想を刺激することがあるのならば。このイカれた世界もあんがい捨てたもんじゃないだろうな、と、筆者は本気で思っている。


 ライナーノートの文章より引用しましたが、これが、セガワの偽らざる気持ちであります。


 脳とか脊髄とか筋肉とかをちょっと刺激してみたいかた、気が付いてみたら滅多に体が熱を帯びることなどなくなっていたとお嘆きのかた、倦怠沈む日常にリズムとビートを注入してみたいとお思いのかた、シカラムータ「裸の星」を是非どうぞ。


裸の星裸の星
(2010/01/27)
CICALA-MVTA

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 お寒い日々が続いておりますが@東京、皆様お元気でしょうか。セガワです。今日は冬至だったんで、型どおりに柚子買ってきて風呂桶に投入して、入浴して参りました。カボチャは食べ損ねましたけど。
 どうやら例年になく寒い冬のようですが、寒冷地の出身であるせいか、なんだか久しぶりにキッチリ寒い冬というものを経験しているような気がします。こういう寒い冬は嫌いじゃないですよ、なんか容赦ない感じがして。きちんと寒さへの備えをしていないと簡単に体調が悪くなりますし。「僕は冬の餌食だ」というやつです(逆)。なんとなく頭の回転が良くなる気がしますしね(気のせい)。
 先日は所属している合気道道場の忘年会があったんですが、帰り際に買い物がてら公園に寄ってみたら、あちこちに霜柱が立っていてなんだかうれしくなりました。しかし、午後も遅めの時間なのにわりかし霜柱が残っていたところを観ると、東京のお子様はあんまり霜柱を踏みつぶしたりしないんでしょうか。水たまりに張った氷採取と並んで、冬の朝のお手軽娯楽だと思っていたのにな。
 とりあえず、冬の音楽(といっていいのかどうか)を一枚ご紹介。


冬は厳しく〜弦楽四重奏曲の諸相 II冬は厳しく〜弦楽四重奏曲の諸相 II
(1996/05/10)
クロノス・カルテットサンフランシスコ少女合唱団

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 そういえば、先日ちょいと諸般の事情で1950年代あたりのうたごえ運動の歌なんぞを調べていたのですが、このたぐいの労働歌に、季節を感じる歌はあまりないのではないかという印象を持ちました。同時期によく歌われていたらしい民謡(ロシア民謡なども含む)が、季節の叙情を強く歌うのとは対照的です。もちろんこのこと、セガワも大して詳しくないうえ、けっきょく商業ベースに残ることもなかった労働歌には満足なアーカイヴも手に入らないありさまですから、どのていど定量的なことが言えるのかは分からないのですが。
 しかし、一定のイデオローグに裏打ちされた歌に、もっとも生活の身辺にあるはずの気候というものがあまり爪痕を残していない点、この仮説が正しいのならば、興味深いところです。


 現代音楽の冬、に対置するわけではないのですが、世界最古の民謡の夏、を一つご紹介。
 この「夏は来たりぬ (Sumer Is Icumen In)」という歌、無限に歌い続けられるカノンの形式であるようです。ちょっと興味があって調べてみたところ、英語版のWikipediaに歌詞が載っておりました。
 これがまあ、眺めていると、何とも不思議な気分になりましたよ。13世紀に成立した歌なので、もちろん中世英語で書かれております。なんというか、もちろんシロウトの感想なのですが、まだ屈折語とゲルマンの雰囲気を色濃く残した言葉だなあと言う印象を受けました。言葉が800年を経てどのように変容するのか、実に面白いです。現代英語訳も引用致しますので、是非、お見比べを。þは、今ではアイスランド語にだけ残るthを現す文字ですね。
 しかし、中世英語というのは今の普通のイギリス人には読めるものなんでしょうか?日本だと曲がりなりにも高校で古文をやりますが、よその国では古文に相当する授業ってどのぐらいやるんでしょうね。13世紀といえば鎌倉時代、方丈記や徒然草ですから高校の古文の知識でもギリギリなんとかなるぐらいかな。これが上代になると、飛躍的に難易度が上がるような気がしますが。

夏は来たりぬ夏は来たりぬ
(1991/08/05)
ビリヤード・アンサンブルヒリヤード・アンサンブル

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Sumer Is Icumen In


Middle English

Sumer is icumen in,
Lhude sing cuccu!
Groweþ sed and bloweþ med

And springþ þe wde nu,
Sing cuccu!
Awe bleteþ after lomb,
Lhouþ after calue cu.
Bulluc sterteþ, bucke uerteþ,
Murie sing cuccu!
Cuccu, cuccu, wel singes þu cuccu;

Ne swik þu nauer nu.
Pes:

Sing cuccu nu. Sing cuccu.
Sing cuccu. Sing cuccu nu!


Modern English

Summer has come in,
Loudly sing, Cuckoo!
The seed grows and the meadow blooms

And the wood springs anew,
Sing, Cuckoo!
The ewe bleats after the lamb
The cow lows after the calf.
The bullock stirs, the stag farts,
Merrily sing, Cuckoo!
Cuckoo, cuckoo, well you sing,
cuckoo;
Don't you ever stop now,


Sing cuckoo now. Sing, Cuckoo.
Sing Cuckoo. Sing cuckoo now!
 ギタリストの桜井芳樹さんが、メルマガでミサキラヂオをご紹介下さいました。
 ありがとうございます!
 居酒屋とミサキラヂオ、なんか実にしっくり来る組み合わせじゃないかと思います。アドレスはこちらです、是非お目通し下さいませ。


 前回はチューバだったから今度はギターだ……、というつもりもなかったのですが、実は「チューバはうたう」を通じて知り合うことの出来た徳永先生(こちらのライブを企画なさった方です)と雑談していたとき、「次はギターとヴァイオリンを出してよ」みたいな話題が出たのです。管楽器の次は弦楽器か、なるほどそれもいいかもなあ……、とそのときは思っていたのですが、そのあとミサキラヂオを書いていて、なぜかギターの曲がちょこちょこ顔を出すことに気付きました。一人でそっと聴くラジオには、管楽器の華々しい音よりは、ギターの静かな音の方がなんとなく似合うようです。そして物語の終盤で、ギターとヴァイオリンのデュオにライブをやって貰うことに決めました。
 作中のことなので深くは触れませんが、彼らは土産物店主とほぼ同年代でいて、そしてまったく違った道を歩いている中年男というつもりだったのです。夏と冬に一つずつ、音楽を通じてミサキに外からの風を吹き込ませたかったですし。
 巧くいっているかどうかはともあれ、さすが桜井さんの文章では曲目が看破されていて恐れ入りました。ヴァイオリンがマルティニークのバンジョーを模倣する……、というのは(実際に演奏できるかどうかは自信がないんですが)、ご指摘通り、KALIという素晴らしいバンジョー弾きの音楽を思い浮かべながら忍び込ませてみたいたずらです。


 その桜井さんが、実に素敵なアルバムを出しておられたのでご紹介します。こないだ4月のシカラムータのライブに行った折りに買ってきました。
 田村玄一さん、原さとしさん、松永孝義さんと組んだ"LONESOME STRINGS"というユニットのBLOSSOMというアルバムなのですが、ここで面白いのは、「はつ弦楽器」(要するにはじいて弾く弦楽器ですね)というくくりで、曲毎にいろんな楽器を組み合わせているところ。
 ギターだけを組み合わせたユニットというといくつか思いつくんですが(ゴンチチとかアサド兄弟とかLos Angels Guitar Quartetとか)、いろんなはつ弦楽器を組み合わせると、音の響きがなんかすごく楽しくなるんですよ。スチールギターにエレキギターにバンジョーにウクレレ、確かに楽器の構造は基本的に一緒でも、音色は明らかに違いますからね。すっきり粒の立った音のウクレレに柔らかく歌うアコースティックギター、びよんと音の伸びるエレキ、個性派揃いの音が、なぜか食べあわせよく一つの歌を歌っているという感じです。シカラムータのアルバムに入っていたRajamati Kumatiも、まるで違ったサウンドになっていて気持ちいいです。
 これからの季節、けだるい昼下がり、あるいは雨の日曜日、のんびり聴くのに最適のアルバムですよ。お薦めです。
 
BLOSSOMBLOSSOM
(2009/01/26)
LONESOME STRINGS

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 ギターといえばもう一つ、ギターマガジンのブログでもミサキラヂオが紹介されておりました。ありがとうございます。どうやらFMラジオがお好きと言うことで手にとって下さったようで、それが呼び水になって読んで下さったのは本当にありがたいです。
 ここで書いたことに通じるんですが、ちょっと違ったジャンルの方に小説を読んでいただけるのは、本当に嬉しいことですので。ほんのちょっぴり、モノを書くと言うことを信じてみたいという気分になれます。


 ついでにKALIのアルバムもご紹介しておきます。
 これ、「デパートの催事場でやってたリサイクルショップでかかっていたCDにびっくりして無理なお願いをして売って貰った」という、セガワにとっては非常に思い出深いアルバムなんですよ。

ラシーヌ VOL.1&VOL.2ラシーヌ VOL.1&VOL.2
(2005/04/24)
カリ

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 三木鶏郎作詞作曲「僕は特急の機関士で」。1950年の大ヒット曲だったらしい。
 セガワは主に母親の英才教育が行き届いていたので幼児期から中尾ミエの歌だの中村八代だのの曲をみっちり聴かされてきたのだが、そこで知った曲。三木鶏郎の曲だとは当然知らなかったのだが。まさかネットで拾えるとは思わなかった。
 20年以上建って改めて聴いて驚くのは、かなりスウィング・ジャズを意識した音作りにしていることや、当時おそらくスタジオ一発録りであったであろうミュージシャンたちのすばらしい芸達者さ(間奏で一瞬曲の雰囲気をがらっと変えるあたりとか、惚れ惚れする)。そしてなにより、三木鶏郎のものすごい才人ぶり。なにが怖いかって、おそらくコレ、あんまり大した時間をかけていないんじゃないかと思われる曲なんだが、「熱海湯の町恋の町 寛一お宮の昔から 愛し恋しの二人連れ 闇のトンネル通りゃんせ」とか、とにかく巧い。
 多分この曲でいちばんの才気を感じるところはサビの部分、「トーキョー キョート オーサカ ウゥウゥウゥウゥ ポッポ」。地名を三つ連ねただけなのに、そこには四つの長母音と二つの短母音が入り、ぴたりと音楽に組み合わされる。この無造作が出来ることこそが、才能なんだと思う。
 そしてこの曲、底抜けに明るい。 敗戦からたった五年で日本の一世を風靡した音楽の明るさと来ては眩しすぎて、なにか凄みを感じるほどだ。15年の戦争というのは、本当につまんない時代だったんだろうと思う。それが、帝大の法科を出て順調にエリートコースを歩んでいた三木鶏郎にまるで違った人生を歩ませた理由になったのかどうか、今の自分の知識ではよく分からないんだけど。




 確か中学校の時に初めて聞いたレイ・チャールズの「旅立てジャック」。ウワァかっこいい、と当時思ったものだが、改めて観てみて、ガツンとやられた。
 なんていかがわしいんだろう。なんて薄暗くて、なんて格好いいんだろう。良識ある大人がまゆをひそめた理由がよく分かる。これはアレだ、昭和の御代ならば「嫁入り前の娘に見せてはいけない」といった類の音楽だ。やっぱりマトモな大人っていうのはこういう音楽におもねっちゃいかんな。ガキどもと一緒にプレスリーなんか歌っちゃいけないのですよ。それにしても、アメリカで公民権運動が盛んになる前に、こんなうさんくさくてこんな素敵な音楽は確かに生まれていたらしい。





 で、こちらはジェイミー・フォックスによるカヴァー。フォックスの芸達者ぶりと再現度の高さに惚れ惚れするんだけど、しかしここからはたった一つ、いかがわしさというものが拭い去られている印象を強く持った。






 チリのフォーク・グループQuilapayunによる、「不屈の民〜El pueblo unido jamas sera vencido」。あまたあるプロテスト・ソングの中でももっとも劇的なエピソードに彩られた曲の一つであろう。この素晴らしい曲はシカラムータのアルバム"Ghost Circus"に教えられた。不勉強を恥じるが、高橋悠治のCD「不屈の民変奏曲」の原曲であることも、こののちに知った(作曲はフレデリック・ジェフスキ)。
 きわめてイデオロジックな背景を持つ曲であるのは確かだが、この曲の歌われたチリ共和国の現代史を思うに、それは遠い地球の裏側から云々することなどとても出来たことではないように思われる。アジェンデ政権がアメリカを後ろ盾にしたクーデターで倒されたとき、この曲を歌っていたビクトル・ハラは軍人に虐殺されている。そしてこの動画のキラパジュンが長い亡命生活から帰国し、民政が回復されるまでには20年近い時間がかかっているのだ。 かなり読み応えがあるが、こちらのリンク先が大変参考になる。
 余談だが、昨年学会でサンディエゴを訪れたとき、郊外のヒスパニック系が多く住む、率直に言ってあまり豊かではない地帯にホテルを取ったのだが、そこの壁に描かれた壁画には"El pueblo unido jamas sera vencido!"と書かれていて、胸を突かれる思いがした。




 Kid Cleore and the Coconuts で"Endicott"。ジャンミシェル・バスキア主演の映画"Downtown 81"で知ったグループ。ウワァうさんくさい!大好き!
 それにしても、このセクシーダイナマイツなおねいちゃんがコーラスを入れるスタイル(上のHit the road, Jackもそうですね)には、なにかルーツとか名称とかがあるんでしょうか。大友克洋「アキラ」の5巻で、二度目に月をぶっ壊すアキラの前でネオ東京のチンピラたちがまさしくこういうステージをやっていたのが凄く印象に残ってるんだけど。
 もうずいぶん時間が経ってしまったのですが、ファンファーレ・チォカリーアのライブに行って来ました。 10/11、三鷹市公会堂でのライヴであります。多忙にかまけてすぐにブログの記事を書かなかったことが悔やまれるのですが、本当に素晴らしいライヴでした。


 三年ぶりの生演奏に接したのですが、本当に、嬉しくなるぐらいに、ファンファーレ・チォカリーアは変わっていませんでした。もちろん、いい意味で。BBCのワールド・ミュージック賞を受賞し、いくつもの映画に音楽が使われ、ジプシー・ブラスの中でも抜群の知名度を誇るようになってからも、それでいてなんなんだろう、この嬉しくなるぐらいの揺るぎなさは。ライヴの冒頭、のっそりと現れた四本のチューバがどしんと響くファンファーレを吹き鳴らしたとき、ああ、俺はファンファーレ・チォカリーアの音楽を聴いているんだなあという嬉しさがまず押し寄せてきました。そして、早口のルーマニア語でまくし立てられるMC。こんだけ世界中を回っていても、英語をおぼえてオーディエンスにサーヴィスなどという小賢しい発想はないようです。そのやたらに楽しげな、母音を豊かに響かせるルーマニア語もまた、10年以上前に訪れたルーマニアの土臭い風景が蘇ってきて、嬉しいことこの上ありませんでした。
 それにしてもこの人たち、ちっともライブの作法が変わってないなあ。曲順決めてないんじゃないかと危惧したくなるぐらいにステージの上で喋って、それでいていきなり曲が始まる。「なにもしていないとき」と「楽器を吹き鳴らしているとき」の継ぎ目がまるで分からず、気が付くとそこには音楽の怒濤があるわけです。凄かったですよ。
 大好きな曲はいくらでも挙げられるのですが、中でもいちばん好きな"Asfalt Tango"をまた生で聴けたことは、とりわけ嬉しかったことかも知れません。タンゴといいながら全然タンゴじゃないというこのいいかげんさ。そして、このへんてこな曲名に象徴されているかのごとき、どこまでも歩き続けてゆくかのような音楽。
 残念ながら一つ一つの曲順は思い出せなかったんですが、どの一つを取っても、ファンファーレ・チォカリーアの「すごく自然なんだけど高速」、「なんてことないリズムなのにやたらにビートが効いた」サウンドで貫かれていたことを書いておきます。もちろんそこには散々アドリブが入り、CD収録よりもさらにサーヴィス精神(←重要なキーワードですコレ)効かせまくりの演奏になっているんですが。中でも、"Caravan"は凄かったなあ。あれはもうデューク・エリントンのオリジナルを超えるんじゃなかろうか。ジプシー1000年の放浪の歴史をえいやあと詰め込んだかのごとき爆音のサウンドの向こうには、確かに広大に広がるユーラシアの地平が見えた気がしました。ここでまたオーディエンスの反応が素晴らしかったんですが、下は本当に小学生から上は還暦近いんじゃないかというおじさんおばさんが、それなりに自分なりの方法で踊り出していたんですよね。なんでまたこれだけ広い幅の人間たちがチォカリーア・サウンドに興味を持っていたのかはよく分からないんですが、それだけなにか、人間の音楽に対する喜びを換気するサウンドなんでしょうね。じっさい今回のライヴに付き合ってくれた大切な友人、Izu-changはCDを含めてチォカリーア未体験だったわけですが、やけに自然にライヴの音響に入り込んでいましたもん。この敷居の低さ、包容力のでかさこそが、彼らが変に大向こうの受けを狙わずとも、世界中の人間たちに愛される理由ではないのかな、と、しみじみ思いました。
 あ、ちなみに今回コラボレーションしていたダンサー、アウレリアとクィーン・ハリシュがやたらにステキで、ステージのゴージャス感を倍増させていたことも付け加えておきます。Izu-changは日舞をやっていることもあって、興味津々で眺めておりましたし。面白いのは、似たような踊り方であっても、ルーマニアのアウレリアとインド・ラジャスタンのハリシュとでは微妙に体を動かす作法が違って、それがすぐ目の前で観てみれば鮮やかな対比として感じられることでした。そのへん、ここで書いたことと印象が似ているかも知れません。特にハリシュの「うさんくさい」雰囲気は貴重で、なんか目が引き寄せられるままに、滑らかな曲線をふんだんに含む身体運動に酔っていたことを書いておきます。ちなみに休憩ののち、一曲明らかにヒンドゥスタンに由来する音楽をやったのですが、そのときのハリシュの、水を得た魚のごとき軽やかな動きはきわめて印象深いものでした。人間、本貫の音楽に対しては、ここまで闊達になれるものか、と思わずにはいられない一曲でした。
 そんなこんなでライヴがはねて、ええ、例によってチォカリーアの面々はロビーに出てきて演奏してました。もう、本当にタフだなあ。そしてまた、このアンコールとも言うべき演奏が、やはりいちばん素晴らしいんじゃないかという出来で。ものすごい人だかりに囲まれたチューバをかなたに眺めながら、チォカリーアの生音をかたわらに効いているというのはやけに贅沢な経験だなあと思いながら新譜の"Queen and Kings"を購入。もちろんメンバーにサインして貰いましたとも。またこのへんが実に嬉しくなるぐらい非効率なことをしていて、なんとCDにメンバーのほとんどがサインしてくれるわけです。結果として列は長蛇に連なったのですが、ま、それはどうでもいいことですね。
 セガワはルーマニア語はまったく分からないのですが、唯一知っているルーマニア語で"multmesc!"(ありがとう!)と言うと、びっくりするぐらい喜んでくれました。バーッとルーマニア語で話しかけてくるので、「ゴメンこれしかわからないんだ」というしかなかったんですが。


 それで、結局、拙作「チューバはうたう」は、……マネージャーのヘルムート・ノイマンさんにお渡ししてきました!英文で内容を要約した手紙を作って、「彼らにインスパイアされて小説を書きました」といってお渡ししてきました。とても喜んでくださったようで、嬉しかったです。まあ、つまりは、蛮勇なのですが、後悔はしていないです。
 シカラムータに続き、ファンファーレ・チォカリーアにもお渡しすることができ、本当におこがましいのですが、セガワはこの小説を書いて良かったと思いました。自分を心から喜ばせてくれたアーティストたちに、ささやかな恩返しが出来たという点で。


 その意味では、自分の中でも一区切りが出来たという気分です。
 さあ次の作品だ。長編書いてます。あと一息です。11月中には脱稿の予定です!こう書いとかないとサボるからな!俺は!

segawashin

Author:segawashin
2007年、「mit Tuba」で
第23回太宰治賞受賞。
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ツイッターはこちら。
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瀬川深の著書、小説などが掲載された雑誌をご紹介してゆきます。

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