セガワブログ

小説家、瀬川深のブログ。

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 思うところあってネットでワーグナー「神々の黄昏」の動画を漁って見ていたのだが、ひょっとするとワーグナーの楽劇を生で見ていないのはとんでもない人生の損失なのではなかろうかとわりと本気で思うに至る。今まで生で見たことがあるのは「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、しかも舞台上演版ぐらいなのだけれど、あれはもうホント脳の奥が溶けるのではないかと思うほどの体験だった。シーズンオフのフィラデルフィア響。ワーグナーのひたすらにくどい、反復、繰り返し、積層、あれがときに、なにかのはずみにこちらになだれを打ってくる瞬間というのがあって、その法悦というのは本当に他のナニカでは代え難い。敢えて近いモノを探すならば、ブルックナーのも模続進行ぐらい。タイミングが悪いと、ひたすらに胃にもたれるのだけれど。
 ともあれ、指輪四部作とマイスタージンガーとローエングリン、あとパルジファルを生で見ることぐらいは残りの人生の目標にしておこうと思った。ウワーたのしみだなあ。平均余命まで生きるならば、40年ぐらい猶予はあるはずだし。


 ワーグナーの仕事っぷりというのは、モノ作る人間ならば誰しもしょげかえらずにいられないものがあって、まあ指輪の四部作だけでも木っ端作家10人分ぐらいの仕事をしている。もちろん傑作はこれだけじゃない上に、王様をたらし込んで巨額のゼニを引っ張って今に続くバイロイト音楽祭を企画して、女にもこまめで、片手間に革命の片棒まで担いでいるんだからどんだけ濃厚な人生なんだろう。迷惑被った人も相当多そうだけど。


 そのへんの史実は詳しくないので省くけれど、ネットで流し見していたら、ワーグナー一族のその後がこれまた波瀾万丈に過ぎて手が止まらなくなった。普通、こんだけエライご先祖がいたらだいたい三代目当たりのボンクラが財産を食いつぶすと相場が決まっているのだが、どうもそうではないらしい。
 ホモ疑惑の濃厚だったワーグナー家の嫡子、ジークフリート・ワーグナーに嫁いだ若干十七歳のヴィニフレート嬢が相当なドラゴン・レディであったのも面白すぎるし(ナチスに接近してゼニ引っ張った手腕もすごい。賛否はさておき)、なによりも孫に当たるヴィーラント・ワーグナー、戦後の物資欠乏期のゆえであったとはいえ、極度に切り詰められたポスト・モダンなスタイルの新バイロイト様式を押っ立ててしまったらしいあたりがすごい。始祖の三代目と来ては、萎縮するか保守化するかのどっちかに偏りそうなのに。
 早世したヴィーラントとはひたすら仲が悪かったらしい弟のヴォルフガング・ワーグナーがバイロイトの後を継いで、しかしこの人も相当に有能だったようで百歳の長寿を保ちつつバイロイトの名を地にまみれさせず、今はその二人の異母娘が後を継いでいるとか(しかもこの姉妹が仲悪いというのが因果だなあ)。
 たった150年、四世代の歴史が濃厚すぎる。すごいなワーグナー家。日本の伝統芸能でも親族の骨肉の争いってのはたまに聞こえてくることだけど、申し訳ないけど濃ゆさの桁が二桁ぐらい違いそうだ。
 もっともこのへんはwikipediaから拾った知識なので、誤解はご容赦。


 ちなみに今ネットで見てる動画はかなり新機軸の演出みたいなんだけれど(ウワァ漢字や日本語が出てきた。衣装はちょっとしょっぱいサイバーパンクみたいだ)、こういう解釈が許されるのも、まあたどればヴィーラントさんあたりの功績なのかなあ。
 もし自分が実演を見るのであれば、まあ最初はガッツリ北欧神話な舞台背景のやつが見たいですけどね。ワーグナーの中二病な世界観は五臓六腑に染み渡りますし。
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普段使いにしているワープロと変換ソフトは一太郎とATOK、20年来変わらない布陣のセガワです。
まあそれだけ使ってるんで毎度とは言わずとも三年に一度ぐらいはアップデートしていて、現在はどちらも2010。
このATOK2010にかなり微妙な機能を発見してしまった。いえまあ有名なことなのかも知れないけど。


英文でタイプして変換するとカタカナ発音が出る、というのがそれ。
knightと打って変換するとナイト、wasと打って変換するとご丁寧にもウォズとでる。
せっかくだからいろいろ発音が微妙そうなものを入れてみた。
fociはフォウサイ、employeeはエンプロイー、thoughはゾウ、neverthelessはネヴァーザレス。
この辺は(カタカナ発音に突っ込むのも野暮だけど)まあ合ってる気がするな。
しかしcolonelはコロネルと出た。カーネルの方がいい気がするけどまあいいか。
nationはなぜか出ず。womenも出ないな。しかしoxenはオクセンと出る。
patientはペイシェントのほかに「クランケ」も出たのでちょっと微笑。
ブラックジャックの影響かも知れないけど、今はクランケはほとんど使わないと思います。


う、うーん……。
自分の想定の範囲だけでモノを判断しちゃいけないけど、これはいったいどういう役に立つんだろう。
それっぽいカタカナ発音になってるところを見ると、あらかじめ辞書登録してあるんだろうけど。
英語のフルスペルを正確に打てるなら、カタカナ発音も自前でなんとかできそうだ。
そもそも、カタカナ発音を実際に文章に打つ機会ってあんまりない気がするんですが。
あるのかな。


そんなことよりも、ATOKはもうちょっと口語的な音便に対応して欲しいなあ。
前にも書いた気がするけど、「分からねえ」「冷てえ」が一発変換できないのです。
不正確な日本語は撲滅されるべきだと思いますが(嘘。思ってない)、
小説だと不正確上等な文章が頻出するのでどうぞよしなに。
問.「ノマド」を使って単文を作りなさい。 (10点)

回答例.

「目は心の窓」
「束の間ドラえもんに読み耽った」
「あの、窓際に移ってもいいですか?」
「おい若ぇの、ま、どうなるかよく考えてから口を開くこった」















最近ノマドワーカーという言葉が流行っているらしいのだが[誰によって?]
シグマリオンやノーパソ抱えてあちこちで小説書いてる俺もノマドの一味なのかなあと漠然と思った。
主たる根城がベローチェとサンマルクカフェなので、こういうノンオシャレなワーキングスタイルだと
ノマドの仲間に入れて貰えないかも知れないけど。
でもなにがありがたいかって、ネットを遮断して書けるのは凄まじい利点ですよ。
ベローチェはフードが微妙なので、食べ過ぎないのもとてもいいw。
あ、焼きカレーパンとプリモカフェは美味しいと思います。


ところで「ノマド」、あんまし英語っぽくない響きだな-と思っていたら語源はギリシャ語の「ノマドス」、
遊牧民という意味なのだとか。
なるほどなー。
高校のころ世界史はひたすらにできんぼうずだったのだけど、ローマにもギリシャにも古代中国にも興味はなかった代わり、
なぜか騎馬民族の歴史にだけは俄然興味を持ってそこんところだけはピンポイントで満点取った記憶がある。
スゲエ蛮族扱いされてて、なんかおどろおどろしい民族名になってたりするあたりとか。
自分らでも文字を作って、文化の香りを吹き込んでみたりとか。
突厥とかエフタルとか匈奴とかタングートとか契丹とか女真とか、なんだかいろいろと懐かしい。
司馬遼太郎「韃靼疾風録」とか読んで、憧れたなあ騎馬民族。
いいですよね騎馬民族……。


せめてなりたや都会のノマド。
 ときおりキラキラネームとかDQNネームとか言われるものがネットで話題になっているのを目にする。
 今風の奇抜な名付けってことになるんだろうか。
 好き嫌いは各人あって良かろうし、自分も個人的には避けたい傾向の名付けではあるけれど、そういう名前へのあからさまな嫌悪がむき出しになっているのを目にするとちょっと考え込みたくなる。あげく、そういう名前のせいで子供にウツが増えたとか、就職に不利だとか聞けば、はてホンマかいなとたっぷりツバに眉を付けたくなる。
 そもそも、他人の名前をあげつらうってこと自体が決して品のいい趣向じゃない。


 仕事柄、今どきのお子様の名前にはたんまり接するし、キラキラネームなるカテゴリーに属するのかも知れない名前だってずいぶん目にする。今風だなあとは思うし驚かされることも多いけれど(『あろま』ちゃんが二人連続できたときはカルテの取り違えかと思った)、どちらかというと感じ取れるのは日本語の移り変わりの激しさのような気がする。
 奇抜なようでいて、今どきの名付けにも独自の規範感みたいなものはあるようで、これはこれで興味深い(物珍しいようでいて似通ったセンスが多いんですよ)。
 もう一つ、今どきは国際結婚も多いので、奇抜な名前と思いきや本名でした!みたいなこともしばしばある。出素辺羅亜努で「デスペラアド」見たいに読ませる名前が本当にあった。ほかにも山田オインゴボインゴ太郞みたいな名前とか。


 キラキラネームなるものを難じる根拠が那辺にあるかと考えれば、それは「常識的ではない」という一点に尽きると思う。
 ところがこの常識なるものは少々クセ者だと自分は思っていて、そうやすやすと同調する気にはなれない。堅固なようでいてしょっちゅう変化するのが常識ですしね。キラキラネームが難じられる一方で、たとえば名前の字画なんてものが広く受け入れられているのが今現在の名付けに対する「常識」なわけだから、まあそのていどのもんです。
 たいていの常識というものは、あくまでも「(俺の信じる)常識」であるぐらいに考えておいた方がいい。
 その、各人が信じる「常識」なるものに寄り添って他人の名前を難じる趣向というのは、やっぱり趣味が悪いと思うし、もう少し言えば怖い。「お前の名前は常識的ではない」という意見が漠然と共有されるのは、キラキラネームだと認識されるような名を持つ人にとっては薄気味悪い圧力でしかないはずだ。


 個人的にはそんなことよりも、改名のハードルがもっと下がればいいんじゃないかと思っている。
 思えば名前とはいちばん根源的なアイデンティティであるわけだし、そこに自己決定権がないのはちょっと変だ。親の名付けを大切にするってのは道義的にはあっていい考え方だけど、それだけを押し通すのも少々不自由だ。もうちょっと名前なんてフレキシブルなもんでいいと思うけどな。戸籍制度に固執している日本のお役所がそう思ってくれるかというと先行き暗そうなんだけど……。
 あ、改名許可は成人してからの方がいいと思います。
 思春期真っ盛りの頃にやらせると、山田†漆黒堕天使†とかになりかねないので。

segawashin

Author:segawashin
2007年、「mit Tuba」で
第23回太宰治賞受賞。
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ツイッターはこちら。
http://twitter.com/#!/segawashin

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