セガワブログ

小説家、瀬川深のブログ。

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 妙な縁で、松阪に帰省していました。
 まあ親父が単身赴任しているので、せっかくだから家族がそちらに集まろうということになったんだけど、まさか親類縁者友人知人が一人もいない三重県に帰ることになるとは思わなんだ。
 そのときの旅行記をアップします。
 松阪に行くために、東京→豊橋→田原→伊良湖→鳥羽→松阪という少々アタマのおかしいルートで行ってみました。



2008年1月1日

 11時36分東京発のひかり号に乗る。新横浜の次は豊橋に停まるのできわめて好都合。
 せっかく海側の窓際に座れたのに他愛なく眠りこけ、気が付くと豊橋が近づいていた。ひどく寒い。風も強い。雪雲が北の空から張り出しているような空だ。豊橋は所々に工場の見えるどこか陰気な町に見え、かつて書いた、途方もなく甘い、現実にはあり得そうもないラブストーリーの大団円の舞台にこの町を据えたのは正しかったなと考えた。


 メシを食うところを探したが、ほとんど店が開いていない。豊橋鉄道の駅の脇では、小さなサンドイッチスタンドが店を開けているが、なぜかおいているうどんを、おそらく南米の労働者がひとりで啜っている。
 少し市電の通りを歩いてみるが、派手な格好をした若いのが、所在なさげにふらふら歩いているばかりだ。焼肉屋でカルビクッパを食う。くたびれた中年がやけに多い店で、頬骨の張った、巨大な腫瘤を左頬にくっつけた目の細い男の容貌が目に付く。


 豊橋鉄道に乗る。人は少ない。次の駅、柳生橋では、寒そうな格好をした若いカップルが、風の吹きすさぶベンチで豊橋行きの電車を待っていた。
 電車は市街地とも住宅地とも言いづらい中途半端な町中を行く。この、町とも農地とも商業地とも宅地とも付かない奇妙な土地は、実のところ、日本のかなりの部分を占めている土地のありようなのだろうなと考える。
 駅ごとに地元の病院やらマーケットやらの広告看板があるが、どれもどことなく古びている。バスターミナルの看板など、さらに念入りに古びている。こういうものを見ると、むしろ、東京でのインフラの更新の早さを感じる。バスターミナルや切符売り場の案内看板が多少古びていても、実のところはなんの支障もない。それをいつしか真新しく、次々に今様にしてしまう東京という街の方が、実は一つの特殊なのだ。


 今年の聴き初め、リヒャルト・シュトラウスのオーボエ協奏曲を選ぶ。このアルカイックなようでいておそろしく複雑な、それでいて甘く懐古の雰囲気に満ちた音楽は、しかし比類なく美しい。
 栄えあるドイツ文化の教養をふんだんに身にまとい、図抜けた天分を惜しみなく発揮し、ドイツ音楽世界の頂点に君臨しつつ、第三帝国の瓦解を目の当たりにした天才は、いったいなにを思ってこの音楽を書いたものだか、最近非常に興味をそそられる。メタモルフォーゼン、オーボエ協奏曲、四つの最後の歌、作品から見る限り、どうもその才覚だけは死の直前まで衰えなかったようだ。そしてこれはひょっとすると、かつての栄光をただ延命させられているだけではないのかという現代日本、そして高度消費社会に生きる人間の感じる淡い危惧に、なにか一つの視点をもたらすのではないかと考える。
 それにしてもこの音楽を背景に愛知県は知多半島のきわめてテイストレスな風景を眺めるのは、なかなか皮肉の効いた逆説ではないかとも思う。


 顔の細く眉の濃く目のくぼんだ、まるでベルナール・ビュッフェの絵さながらの駅員が駅舎からちょっと顔を出す。反対のホームで、『男はつらいよ』に出てくるテキ屋みたいな風貌のジャージ男が柔軟体操をしながら電車を待っている。豊橋方面の電車とすれ違うので覗いてみると、こちらにはずいぶん若いのが多い。太ももをむき出しにした若い娘が一心に携帯をいじっている。
 駅前すら閑散としていた豊橋になにがあるのかは分からないが、この土地には、この土地の正月がある。


 三河田原に着く。果たして駅前にはなにもない。ここで時間を潰すとなればえらいことだったが、幸い伊良湖行きのバスはすぐに来る。乗客は10人弱と言ったところ。
 だんだんと農地が増えてくる、右手に見えるのは蔵王山なのだろうが、どことなく風景は寒々しくて冴えない。愛知用水、電照菊、そんな遠い昔に社会科で習った単語をふと思い出す。今が夏の盛り、強い太陽の下だったらどのように見えるかと想像し、しばし目を閉じてみる。いっとき、道路が海沿いを走ったときだけ、一面の海が右手に広がる。
 途中、小さな集落でバスが停まり、老婆がひとりよちよちと降りていったが、明らかに地元の人間はこの一人だけだった。一時間あまりで伊良湖に着く。道の駅とフェリーターミナルを兼ねたような終着点で、中は暖かく、人の息がこもっていた。
 むしろ、心地よかった。この猥雑さは、土地を息づかせる。
 風は強く波は荒いと見えたが、フェリーは定刻通り運行。客は三十人程度と言ったところ。バイカーの連中も五人ほどいて、疲れ果てて広間にごろりと横になるなり眠りをむさぼり始める。後は家族、これから伊勢に行くのか、賢島に行くのか。船内であまりおいしくないココアを啜りつつ、しばし小説を直す。


 一時間弱で鳥羽に着く。閉園間近い鳥羽水族館のかたわらを抜けて近鉄の駅へ。勘違いしていたのだが、これは鳥羽の駅ではなく一つとなりの中之郷という駅であることに気付く。
 ひどく寒い。駅ではスーツに鍔広帽という一時代前といった装いの初老の男、その息子とおぼしき頼りなさげな若衆、そしてその奥方であるらしい、ひどく派手な化粧をした中国人の女。大阪までの特急を訊ねているところから見ると鳥羽あたりで遊んだ帰りのようだけれど、ここに至るまでにいろいろしょうもないドラマがあったのだろうなと考える。


 各駅停車で松阪まで四十五分。伊勢の駅から急に乗客が増える。
 乗客が意外なぐらいに雑多であることに驚く。老若男女。ここで気付かされるのは、東京が機能的・時間的に高度に分業化された街であるということだ。それがここでは、元日という日にちのことも相まって、もう少し緩やかに混淆されている。その雰囲気が心地よかった。世界というものの持つ曖昧さの一端だと思った。


 十七時五十分、松阪市着。両親と落ち合う。
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2007年、「mit Tuba」で
第23回太宰治賞受賞。
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