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小説家、瀬川深のブログ。

  告知が遅れてしまいましたが、現在発売中のすばる2012年6月号(集英社)に董啓章「地図集」の書評を書きました。お目通し頂ければ幸いです。


  董啓章は1967年生まれ、香港の小説家です。
表題作「地図集」は、テキストの堆積によって、(香港にとてもよく似ているけど香港と同じと言っていいかどうかは分からない)ある土地の丸ごとを描こうという野心的な構成で、登場人物が誰であらすじがこうでなどといった物語の枠組みはもとより存在しておりません。たとえば「ハザール辞典」や「見えない都市」に似た試みと言えるかも知れません。
  率直に言って自分の中国文学の知識はごくごくわずか、きわめて断片的なものなのだけれど、それでもこういう作品が香港で書かれていることには驚いたし、不勉強を恥じました。これはきちんと先行する文学の成果を踏まえ、消化した上で書かれたテキストです。また、いわゆる大陸の中国と香港の文学状況にはいったいどういう違いがあるのか(かつてどうだったのか、今はどうなのか)、あらためて興味をそそられました。
  知的なテキストの遊戯にご興味をお持ちのかた、ぜひ、ご一読を。


  もう一つ、これは書評の末尾にも書いたことですが、本書が原書から直訳された初の香港文学であると言うことで、関係者各位の熱意と尽力に心から敬服します。あまり意識されないことかも知れませんが、ごく一部の外国語を除いては、原典からの直訳というのはなかなかないことだと思うのですよ(なにしろ底本がどれなのかよく分からないことも多い)。まぁ訳者の専攻がフランス語だからフランス語からの重訳なんだろうなあ……みたいな想像をするしかないこともしばしばあって。
  なにしろすさまじい変化を遂げている中国文学のことですから、こういう試みがどんどん為されることを期待したいですね。
  

  思えば、ほんの20年前、初めての中国旅行で買った日本語訳の短編集に収められていた作品は、まだバリバリの社会主義リアリズムだったんですよ。若者の水着での川遊びが「大胆だ!」と話題になったらしい張抗抗の短編「夏」が、1980年の作品ですからね。そこからたった20年で上海ベイビーですもん。時間の遠近法が狂ってるんじゃないかと思えるほどの激変ぶりです。その一方で高行健みたいな韜晦な心理小説や莫言みたいな大胆な物語の試みも同時に存在しているわけで、中国からはまだまだ面白い小説が出てくるだろうなと思っています。
  文学もまた社会と無縁ではいられない以上、世界でいちばんアクティブな地域の文学が相応に沸騰するのは当然なんでしょうけれど。

地図集地図集
(2012/02/21)
董 啓章

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2007年、「mit Tuba」で
第23回太宰治賞受賞。
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