セガワブログ

小説家、瀬川深のブログ。

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 ときおりキラキラネームとかDQNネームとか言われるものがネットで話題になっているのを目にする。
 今風の奇抜な名付けってことになるんだろうか。
 好き嫌いは各人あって良かろうし、自分も個人的には避けたい傾向の名付けではあるけれど、そういう名前へのあからさまな嫌悪がむき出しになっているのを目にするとちょっと考え込みたくなる。あげく、そういう名前のせいで子供にウツが増えたとか、就職に不利だとか聞けば、はてホンマかいなとたっぷりツバに眉を付けたくなる。
 そもそも、他人の名前をあげつらうってこと自体が決して品のいい趣向じゃない。


 仕事柄、今どきのお子様の名前にはたんまり接するし、キラキラネームなるカテゴリーに属するのかも知れない名前だってずいぶん目にする。今風だなあとは思うし驚かされることも多いけれど(『あろま』ちゃんが二人連続できたときはカルテの取り違えかと思った)、どちらかというと感じ取れるのは日本語の移り変わりの激しさのような気がする。
 奇抜なようでいて、今どきの名付けにも独自の規範感みたいなものはあるようで、これはこれで興味深い(物珍しいようでいて似通ったセンスが多いんですよ)。
 もう一つ、今どきは国際結婚も多いので、奇抜な名前と思いきや本名でした!みたいなこともしばしばある。出素辺羅亜努で「デスペラアド」見たいに読ませる名前が本当にあった。ほかにも山田オインゴボインゴ太郞みたいな名前とか。


 キラキラネームなるものを難じる根拠が那辺にあるかと考えれば、それは「常識的ではない」という一点に尽きると思う。
 ところがこの常識なるものは少々クセ者だと自分は思っていて、そうやすやすと同調する気にはなれない。堅固なようでいてしょっちゅう変化するのが常識ですしね。キラキラネームが難じられる一方で、たとえば名前の字画なんてものが広く受け入れられているのが今現在の名付けに対する「常識」なわけだから、まあそのていどのもんです。
 たいていの常識というものは、あくまでも「(俺の信じる)常識」であるぐらいに考えておいた方がいい。
 その、各人が信じる「常識」なるものに寄り添って他人の名前を難じる趣向というのは、やっぱり趣味が悪いと思うし、もう少し言えば怖い。「お前の名前は常識的ではない」という意見が漠然と共有されるのは、キラキラネームだと認識されるような名を持つ人にとっては薄気味悪い圧力でしかないはずだ。


 個人的にはそんなことよりも、改名のハードルがもっと下がればいいんじゃないかと思っている。
 思えば名前とはいちばん根源的なアイデンティティであるわけだし、そこに自己決定権がないのはちょっと変だ。親の名付けを大切にするってのは道義的にはあっていい考え方だけど、それだけを押し通すのも少々不自由だ。もうちょっと名前なんてフレキシブルなもんでいいと思うけどな。戸籍制度に固執している日本のお役所がそう思ってくれるかというと先行き暗そうなんだけど……。
 あ、改名許可は成人してからの方がいいと思います。
 思春期真っ盛りの頃にやらせると、山田†漆黒堕天使†とかになりかねないので。
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2007年、「mit Tuba」で
第23回太宰治賞受賞。
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