セガワブログ

小説家、瀬川深のブログ。

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行進曲

夏が近付くと
日が伸びると人は言うものだが
それは正しくない。
夜が昼へと入りこむのである。
夜の中に淡い光は暮れきらず、
空は蒼く濃い。
だから人びとは
光の中では恥じ入ることに
そっと踏みこむのである、
若い男はかたわらを歩く人に小指を絡め、
子供たちはまだ許されていない路地の暗がりに興奮し、
つとめびとは机のうえを片付けて
いそいそと早い帰宅の途につく。


そうだ夏のはじまる日ぐらいは、
誰もが外に出てよい。
夜と昼とがせめぎあう長いたそがれに迷い、
大気に満ち肺腑を濡らす水をむしろ愉しんでよい。
酒精に依らず酔い、
やくたいもなく街をめぐってよい。
顔を火照らせ胸を高鳴らせ、
ときに熱い息を吐き、
しだいに濃くなる闇の底を歩くとよい。


やがて人びとは、
知らなかった道のことを思い出すだろう、
かつて聳えていた家々を思い出すだろう、
土の下に眠る者たちの
強い眼差しと確かな言葉とを思い出すだろう。
奇妙なことではない。
土地の上にうずたかく積まれ
息をひそめている記憶の莫大が
夜と昼とのあわいには
ひといきによみがえるからである。


高ぶってよい、
驚いてよい、
畏れてよい。
今日は夏のはじまる日である、
円環を描く時間と
直線を描く時間とが
ひととき交わるせつなの奇蹟である。








-------- ☆ --------


お暑うございますがみなさまお元気でしょうか。
何年か前の夏至の日に書いた詩をあげてみました。
着想は夏至の日のお散歩と、それからグスタフ・マーラーの交響曲第3番です。
マーラーの交響曲ときてはどれもこれもやや分裂気味ではあるのですが、
とりわけこの曲のとっちらかりかたと来たら尋常ではないような気がします。
中でも一楽章、何度聞いても曲がどっちの方向に向かって行くのか分からず、
ところによってはおそろしく陰気、ところによってはひどく猥雑、ところによってはやけに快活、
最後にはこの分裂気質の作曲家の後追いを諦めた時点で妙に楽しくこの曲を聴くことができました。
突然闖入してくる粗雑で陽気な響きは、ひょっとすると19世紀末ウィーンの
マーラーが耳にした辻音楽の模倣だったのかも知れません。
なんの根拠もない空想ですが。
そんなわけでここ数年、夏になるとこの頭のおかしい交響曲をしょっちゅう聴いています。
困ったもんです。


マーラー:交響曲第3番「夏の交響曲」マーラー:交響曲第3番「夏の交響曲」
(2002/10/25)
ラトル(サイモン)レンメルト(ビルギット)

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ついでにもう一曲、夏をテーマにしたとびきり素敵な曲を。
アルテュール・オネゲル「夏の牧歌」。
アントン・ヴェーベルン「夏風の中で」と並んで、セガワの大好きな曲です。


オネゲル:交響曲全集オネゲル:交響曲全集
(2004/03/24)
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

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2007年、「mit Tuba」で
第23回太宰治賞受賞。
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