セガワブログ

小説家、瀬川深のブログ。

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 非常に恐縮なのですが、ネットの話題です。
 昨日あたりから(たぶんきわめて局地的に)話題になっていることなのですが、とある高校生の少年がゴキブリを唐揚げにする実験をしていたようです。それをよせばいいのにmixiの日記に書いてしまったもんだから、騒ぎが大きくなってしまったようで。まあ当然といえば当然です。どうも、バイト先のファーストフード店でそれやってたみたいなので。なんか、またこんな話かぁ、という気にはなります。ついこないだ、テラ盛り牛丼とやらでバイトをクビになった人が出たばっかりですし。
 正直なところ、この少年をあげつらう気にはなれないんですが、それにしてもよくわからない。なんで、こんなことしたんだろ。ゴキブリの耐熱実験じゃなくて、わざわざmixiに書くところが、です。
 これまた最近よく聞く話で、ちょいと彼女と奇抜なセックスなどを嗜んだ上に写真に撮影してパソコンに保存しておいたらウイルス感染して全世界に公開してしまいましたぁといったようなアクシデントがありますが、これとは全然話が違うような気がします。こちらはまあ不運としかいいようがない話ですが(はめ撮り写真などの是非はさておき)、この少年は、わざわざ自分から全世界に向けて発信してますから。いまさらアカウントが1000万超えしてしまったmixiをつかまえて、閉鎖されたネットワークといったようなのどかなことを言う人はいないと思います。
 じゃあなんでだろう、と愚考するに、おそらく三つぐらい原因があるんじゃないかという結論に至りました。一つは年齢、一つは少年の資質、一つは今の時流です。で、この三つは、たぶん「無邪気な全能感」というあたりに像を結ぶように思います。


 と考えたのも、少年のやったことがあまりにもしょうもないからです。露悪趣味というにしては、いじましすぎる。ケンカの武勇伝とか性的な逸脱とかとは同列に語れるようなものではないですね。さりとて、ネタとしてもあんまり面白くない。
 そうしてみると、どうもこの少年、「本当になんの気なしに書いてしまった」というあたりが真実なんでしょう。ここでそれを押しとどめるべき、「バイト先の鍋でゴキブリの唐揚げを作ったようなことを書くべきではない」というブレーキが恐ろしく甘かったんじゃないかと思います。
 そのブレーキの正体っていうのは、実は結構ささやかなものだと思うんですよ。といっても、こういう常識破りのことをしてしまった人に「常識」という言葉を振りかざして説教しようとするのもむなしいけど。倫理観とか公共心とか言うにもちょっとおこがましい、「そういうことはやらないでおきましょ」という行動規範みたいなもんです。
 それが十分に働かなかったということは、どうもこの少年、「自分のやっていることにブレーキをかける/られる」という経験が乏しかったのではないかと推察します。「無邪気な全能感」と述べたものの正体は、これであります。「自分の行動が否定される」という経験を経れば、人間、それなりに行動には慎重になるはずですから。言ってみれば、赤ん坊の全能感に近い。赤ん坊は、ほとんど自分ではなにもできない生き物ですが、行動を否定されることはありませんから。泣きわめいてもゲロを吐いても、それに文句を言う人はいない。いるかも知れないけど、それは言う方が間違っています。
 まあその赤ん坊も、長じるに従って、自分の行動に対する様々な制限に気付くんですね。まあ2~3歳ぐらいからでしょうか。特に下のきょうだいが生まれたりすると、それは覿面です。集団生活に放り込まれればやってはならないことの数も増えますし、さらに成長して人間の個体差がはっきりしてくる思春期あたりになれば、いっそう制限の数は増加します。目に見えるかたちで序列もつけられる。これは、平たく言えば、「世の中俺の思い通りにならねえことが多いなぁ」という実感です。そうとなれば多少は鬱屈もするし内省的にもなるし、自分の環境を多少はよくするためにあがこうともするでしょう。そういう陰気な時代を通過して、どうにか人間、社会に出てゆくための心理的な備えを身につけるんじゃないかと思うんですね。
 さて、そうしてみると、この少年の無邪気さがへんに際だって見える。伝え聞くところによると、この少年、mixiには自分の素顔も晒してたし、学歴も事細かに書いてたらしいです。名門私立大の付属高校だったらしいですね。この時期までバイトしていたことから類推するに、推薦でそのまま大学に上がれる可能性が高い。別にmixiのプロフィールで人格すべてを図ろうとは思っちゃいませんが、これ、つくづく、無邪気だと思うんですよ。ネット社会での危機管理などをどうこう言いたいんじゃなくて、「今の自分」に対する疑問の少なさに驚くんです。確かに学歴は立派なもんだし、素顔晒してたってことは、思春期にありがちな醜貌への恐怖も少なかったんでしょう。そうとなると、この少年、今の自分は実に安泰な存在であると思っていたんではないかと想像します。
 もし仮に、周囲の家族なり友人なり先輩なり彼女なりに、口うるさい人とか、少年を遙かに凌駕するような資質の持ち主とか、この少年に敵対するような存在があったとすれば、もう少し自分の行動を顧みる契機があったでしょうね。しかし当世、自分と波長の合わない人を排除する傾向があるようですし(KYとやらいう概念ですね)、結果として人間関係がイエスマンばかりで固まるという少々気色悪い自分の社会ができあがる。こうなると、「無邪気な全能感」はほとんど完成型に至ります。この少年がほかにどんな日記を書いていたのかは知りませんが、おそらく、学校のことも友人のことも成績のこともゴキブリの唐揚げのことも、少年の中ではおおむね同一の平面にあったのではないかと思うのです。
 不運にも、世間はそう見てくれなかったわけですが。


 もちろん社会というのは複雑きわまりないものなので、どんな人間でも社会に放り出されれば、大いに罵倒もされれば理不尽な目にも遭います。その辺で、自分の行動をちょっとずつ矯正してゆく機械に恵まれるわけですが、残念なことに少年はそうするにはまだ若すぎた。行動を矯正してくれるような人間関係にも恵まれなかったようだし、それは、KYな人を排除してはばからない今の時流が後押ししたことでしょう。そしてなにより、こういう粗雑な行動に対して疑問を感じる、妥当な慎重さが少年には欠けていたようでもあります。この、若さ、時流、そして資質が実に不運にブレンドされてこういう気の毒な事件が起こってしまったのではないか、というのが自分の推論です。
 まあその時流とやら、おそろしく飽きっぽいものでもあるので、一週間ほども騒げば収束する話だろうなという気もします。これをきっかけに、少年には、「ゴキブリの唐揚げを作るべきではない」「それをmixiなどで不用意に発言してはいけない」という二つのことを学んでくれたらと思います。






 ……もう18になる人間の学ぶことだとすれば、ひどく空しい気分にはなりますが。








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2007年、「mit Tuba」で
第23回太宰治賞受賞。
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